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日本で仏前結婚式がはじまったのも、明治の末

日本で仏前結婚式がはじまったのも、明治の末だ。曹洞宗を皮切りに、明治の末には各宗派が参入、増上寺や築地本願寺でも婚礼が行われている。そもそも仏教では、妻帯した親鸞を開祖とする浄土真宗以外、出家者の性行為も妻帯も認めていなかった。よって結婚式など論外だったのであるが、明治に入って太政官が僧侶の肉食妻帯を解禁したころから、徐々に方針転換をはかることにしたらしい。仏教界は仏教界で、神道に対する対抗意識を燃やしたのかもしれない。あっちがイザナギ―イザナミの神さんなら、こっちにはお釈迦さんや阿弥陀さんがいるではないか……。いや、実際にはちがったかもしれないが、日本の場合、宗教はファッションとして結婚式に取り入れられた側面が大きい。神前結婚式も、神道をファッションとして取り込み、ビジネスとタッグを組むことで、結婚式の近代化に寄与したと考えるべきだろう。

カジマヤー祝いのおもしろさ

半日ぐらいは椅子に腰かけてじっと動かないでいる。神化した状態なのである。つまり生き神様になったわけである。大勢の氏子たちが大頭を拝礼するために参集してくる。大頭が自宅のハッカイで神霊を憑依させ、さらに車にのって、神社に向かい、その途中、辻ごとに立ち止まって聖域に向かって拝礼をくりかえすうちに、神化のプロセスをたどって神に生まれかわったことを暗示している。その過程に折り目をつけているのが辻=十字路や橋、斎の森である。それは、境界を通過するたびに儀礼を行う必然性を物語るといえる。ところで先のカジマヤー祝いの意義を考えてみよう。社会学の天野正子は『老いの近代』(岩波書店、一九九九年)の中で、カジマヤー祝いのおもしろさは、もともと個人的な通過儀礼の年日の祝いが、家族や親の族をこえ、「見知らぬ」人をも含む地域社会の一大イベントになり、長寿者の存在が社会全体に活力をもたらしていることを長寿者も周りの人びとも認めている点にある。沖縄独特の長寿儀礼の存在自体が、長寿の一つの要因になっているのだろう……と指摘している。

訪問するタイミングは

正月三が日のうちに回りましょう。ただし、元旦は家族で過ごしている場合が多いので訪問するのは避けましょう。遅くても松の内(元日から7日まで)にはあいさつをすませたいものです。お互い仕事がある場合は、正月休みのうちにすませましょう。訪問する時間は、あまり早すぎても先方の迷惑になります。午前11時以降にします。そして、明るいうちに訪問して早めに失礼するようにしましょう。正月休みの期間は連絡なしの訪問でも、突然の訪問という印象を先方に与えませんが、できれば事前に訪問日時を知らせておくとよいでしょう。また、玄関先であいさつをすませる場合は、あらかじめ電話で先方の都合を聞くとともにすぐに失礼する旨を伝えておくとよいでしょう。